- この文章は、UNISON SQUARE GARDENの現体制終了・活動休止と、それに関連する全体的なトピックについて筆者が考えたことをまとめたものです。UNISON SQUARE GARDEN LIVE2026”Sentimental Period"に言及している箇所がありますが、ライブレポートを目的とした文章ではありません。
- この文章は、筆者自身を含む、活動休止に直面しショックを受けた方向けの「こう考えることもできるかもしれない」という提案のひとつとして書いたものです。本稿の内容はあくまでもいちリスナーの考えであり、精神的不調に関わる問題に対する専門的支援に代わるものではありません。何卒ご了承ください。
- 冒頭で伊藤計劃「ハーモニー」の内容に触れています。直接のネタバレではありませんが、結末に関する内容のため未読の方はご注意ください。冒頭を飛ばしたい方は以下の目次から先へお進みください。
- はじめに
- UNISON SQUARE GARDENに何が起きたのか
- なぜ衝撃が大きかったのか
- UNISON SQUARE GARDENの「行き着いた先」と、さらにその先にあったものは何だったのか
- 行き着いた先に辿り着いた人はその後どうすればいいのか
- そういう筆者はどうするつもりなのか
- おわりに:”Sentimental Period”とは何だったのか
はじめに
今のところ人生で最も好きな小説の著者が、インタビューでこう語っていた。
人間の持っている感情とか思考とかっていうものが、生物としての進化の産物でしかないっていう認識までいったところから見えてくるもの。その次の言葉があるのかどうか、っていうあたりを探ってる。で、前回と今回はとりあえず「なかった」っていう結論なんですけども(笑)。
出典:『ハーモニー〔新版〕』伊藤計劃 2014 早川書房 P369
このインタビューは、オリジナル作品としては彼の第二長編にあたる「ハーモニー」刊行に際して行われたものである。
概要だけ説明すると、世界的な疫病・虐殺・核戦争により存亡の危機に陥った人類が、その反省から医療技術を革新し、病気という概念を根絶することで「誰も病気で死なない」世界を実現した未来を描いたSFである。
私が最も好きな小説というのは第一長編(デビュー作)の「虐殺器官」なのだが、その直接の続編ではないながらも地続きの、ひとつ先のテーマを扱っているとされる。
上記の発言は、作中世界の延長線上にある、人間が必ず直面しなければならない問いを示したものである。
このインタビューは、彼が癌で闘病していた最中、東京医科歯科大学(現:東京科学大学)の病室の中で行われた。
闘病中、病院の中で書き上げられた小説が「誰も病気で死なない」世界の物語であるというのはとてつもない皮肉だが、それは同時に作品が描いたものの切実さの証左でもある。
「病気という概念の根絶」なんて言葉だけ聞いたらそんな無茶苦茶な世界があるかと感じるだろうが、言葉の主が闘病中と分かったうえで聞くと、はるかに凄みのある言葉、切実な発想だと思えるのではないだろうか。
もちろんこの世界設定に説得力があるのは、本作が膨大な知識のもと極めて緻密で強固なロジックで作られているからであり、何より本当に面白い作品だからであるが、やはり作者自らの切実な状況と体験という要因が物語に血を通わせているというのは決して無視できない。
それ故に、上記の発言もまた、極めて説得力、真実味のある言葉として、作品の結末とともに私に深く刻まれている。
本作の結末ではこの言葉の通り、感情や思考を持つ人間の行く末について、極致とも言えるひとつの答えに達している。
人間の感情や思考が生物としての進化の産物でしかない=人間を人間足らしめるほど特別なものではない(かなり簡略化して説明するとこういう言い方になってしまうが、おそらく実際はもう少し複雑である)として、その次の言葉が「なかった」世界とは果たして何なのか。これ以上はネタバレになってしまうため興味があれば是非読んで確かめていただきたい。
このインタビューの3ヶ月後、彼は亡くなったという。
小説に限らず人間の行う表現には、これ以上ないほどのギリギリの極限まで突き詰めた結果たどり着ける領域、いわば「行き着いた先」が存在する、ということを初めて理解したのは、この作品を巻末インタビューまで通して読んだことがきっかけだったと思う。
そうした表現は必然的に熱を帯び、人の心の奥深くに届きうることも。
そうした表現の誕生には必然的に、途方も無い苦しみが伴うであろうことも。
彼はこの作品で描いた結論について「いまのところはこれが限界」と述べていた。ここでいう「限界」の意味が持つ重さは言うまでもない。
本作はその言葉通り「行き着いた先」に到達した作品にして、(自身で完成させたものとしては)生前最後の長編小説。それはつまり、「その次の言葉」、おそらくギリギリまで模索していたであろう「行き着いた先」の「その先」を聞くことがもう叶わない、という作品である。
そんな作品に触れたことは、今の自分の考え方に少なからず影響している。
一方で、この時私は、「行き着いた先」がもたらすものを、まだ理解しきれてはいなかった。
「行き着いた先」に辿り着いた後も、当たり前に人生が続くこと。
その過程で「その次の言葉」を探し出すことにもまた、別の苦しみがあるということを。
私の場合、小説ではなくひとつのロックバンドによってそれを知ることになった。
ここでいう「行き着いた先」とは2024年7月に日本武道館で行われたライブに代表される活動20周年のことであり、「その次の言葉」「その先」を探していた期間は、そこから2026年7月に幕張メッセで行われたライブまでの、約2年間にあたる。
その発端は2026年4月末だった。
いつもUNISON SQUARE GARDENを応援してくださる皆様へ
— USGinfo (@USGinfo) 2026年4月27日
大切なお知らせがございます。https://t.co/DmkcPuyqYd
本題に入ろう。
ロックバンド・UNISON SQUARE GARDENの活動休止について。
そして2026年4月末の初報から、2026年7月15日に幕張メッセで行われたライブ”Sentimental Period"を経て、現在までずっと考え続けることを強いられた命題。
「行き着いた先に辿り着いた人はその後どうすればいいのか」について、私なりの考えを残しておく。
UNISON SQUARE GARDENに何が起きたのか
UNISON SQUARE GARDEN(ユニゾン)のことをよく知らない方でも、ネットニュース等で何かざわついているのを見た方は多いかもしれない。話を進める前に、ユニゾンに何が起きたのか、どんな影響があったのかを改めて整理しておきたい。
2026年4月27日の夜、その発表があった。バンド公式HPでは以下のページに記載されている。
内容は、Dr.鈴木貴雄の脱退、これに伴う現体制終了と活動休止、そして7月15日に幕張メッセにて現体制最後のライブ開催。この三つである。
今後は分からないがこの時点の発表はあくまでも「脱退」「活動休止」である。今もときどき「解散」との混同が見られるのでどうかご注意いただきたい。
こうした発表がどれだけ悲しいものかは、音楽が好きなら多くの方がご存じだろうし、私が受けたショックの大きさも推察いただけると思うので、私がどう感じたかについてはここでは省略する。
ただ、特にバンドが20周年を終えて以降は、息の長い活動をしていたユニゾンでもいつかこうしたことは起こりうると考えており、覚悟はできないまでも、可能性のひとつとして常に私の頭にあった。なので4月27日に脱退と休止の報を知ったときも、本当にショックだったがかろうじて耐えられはした。
しかし周囲を見ると、全く予測さえできていなかったかのような反応が多く見られた。
加えて今回のユニゾンの場合はそのショックが特に大きく、異質だったように思われる。
私がユニゾンをずっと聴き続けていたことや、私の周囲にユニゾンを好きな方が多くいたこと、そもそもユニゾン自体ファンクラブ会員だけでKアリーナを満員にできるほどファンの規模が大きいこと、といったバイアスはもちろん存在するが、それを差し引いてもである。
悲しみ、怒り、失望、諦め、虚無等々、表出の仕方は様々ながら、この事態によって「生きるか死ぬか」というレベルまで思い詰める方を非常に多く見かけたのだ。
いやいやバンドの脱退・休止なら当たり前のことだろうと言われるかもしれない。全くその通りである。だが今回ユニゾンでは、ショックの「切実さ」が突出しているように感じられたのである。
そこにはユニゾン特有のいくつかの要因が関係していると考えられる。
それらはユニゾンが強みとしていたことでもあり、今回の脱退・活動休止で綺麗に弱みへと逆転してしまったことが、この混乱、紛糾に繋がったのだと思われる。
なぜ衝撃が大きかったのか
ここではご存じない方向けの整理のために「何故ユニゾンの活動休止の衝撃が大きかったのか」についての分析を述べていく。あらかじめ断っておきたいのだが、本稿全体の目的は決して「何故ユニゾンが活動休止したか」を分析することではないので、ご承知おきいただきたい。
楽曲・演奏面
ひとつは、ユニゾンがスリーピースロックバンドであること。
UNISON SQUARE GARDENはVo./Gt.斎藤宏介、Ba.田淵智也、そして今回脱退したDr.鈴木貴雄の3人組である。ギターベースドラムの音が主体の音楽としては最小の編成であり、ひとりの役割も大きい。そんなバンドからの脱退は当然大打撃になりうる。
というのは大前提として、ユニゾンの場合はさらに、最小編成で音楽をやることに強いこだわりを持っていた。
その姿勢がメンバーひとりひとりの存在をより巨大なものにし、喪失感も巨大にしてしまった。
ユニゾンのライブにおける基本的な演奏の方針は「自分たちが演奏するギター、ベース、ドラムの音は同期音源(生演奏の音に合わせて流す別の音源)を使用しない」というものである。
ストリングスや管楽器、ピアノ、電子音が前面に出るタイプの楽曲は例外だが、それ以外の大半の曲は一貫して3人だけの音で演奏していた。加えて少なくともギターに関しては音源では多重録音していたようなので、ライブでは必然的に音源よりも楽器の数が少なくなる。
ならライブは音源より迫力も薄まるのではないか?と心配になるが、そうならないのがユニゾンである。むしろ、楽器の数の少なさを全く感じさせない厚みと、音源を凌駕しうる密度がある。
何故それが実現しているか。音作りといった音楽の技術的側面ももちろんあるだろうが、それだけではなく「1曲の情報量の多さ」というのが大きな要因であると考えられる。詳しく言うと、時間が決まっている1曲の中で成立するギリギリまで音の数を増やし、展開の変化や変拍子などもひたすらに盛り込んだ、目まぐるしく起伏が激しい楽曲が多いのである。
Vo./Gt.斎藤宏介の歌に関してはメロディを圧縮するためか時に凄まじく早口になり、ほとんど噛むこともない。斎藤の歌唱の技術的分析と、それがユニゾンの楽曲にどう寄与しているかは以下の記事に詳しい。
そのためユニゾンは、3~4分程度の中には一見収まりそうに見えない膨大な歌詞と超高密度のサウンドを実現している。まだユニゾンを良く知らない方は、是非一度歌詞の文字量を「眺めながら」曲を聴いてみていただきたい。代表曲にしてバンド最大のヒットである「シュガーソングとビターステップ」などは特に顕著であり、これほどの情報が4分弱に詰め込まれ、しかも全く違和感なく聴き通せるということに驚くのではないだろうか。
このような楽曲の情報量や密度を実現するには、歌に限らず、全ての楽器・パートで同様の技術が必要になるであろうことは、素人目に見ても容易に想像がつく。
シュガーソングとビターステップにしても、間奏の混沌としたセッションから静謐なCメロの独唱に移行するまでの流れは、発表から10年以上経った今なお訳が分からず、3人全員の人間離れした技量を感じられる。
ユニゾンは同業者評価が高いバンドでもあるが、他のバンドやアーティストの方がユニゾンを評価する言葉でよく見かけたのが「技術力/演奏力が高い」であった。時には本人たちが特に影響を公言しているわけでもないのに「プログレ」(プログレッシブ・ロック。ロックのジャンルのひとつで進歩的、革新的なロックを意味し、技巧的で複雑な楽曲などが特徴とされる)*1であると評価されることさえあった。
𝟮𝟬𝟮𝟱.𝟰.𝟭𝟮 𝗦𝗔𝗧. “𝗢𝗢𝗣𝗔𝗥𝗧𝗦 𝟮𝟬𝟮𝟱”
— cinema staff (@cinemastaff_) 2025年4月12日
𝗕𝗨𝗡𝗞𝗔 𝗔𝗥𝗘𝗡𝗔 - 𝗚𝗥𝗘𝗘𝗡 𝗦𝗧𝗔𝗚𝗘 -
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UNISON SQUARE GARDEN
━━━━━━━━━━━━━… pic.twitter.com/6GzdtuNlah
そんな高度な技術が求められる演奏を基本的に3人だけでやり続けるというのは生半可ではない。
その上そこに対するこだわりや自信も強い。2021年発売の8thアルバム「Patrick Vegee」は3人の音だけで構築したアルバムにしようと思っていたそうだ。またそのリリースに伴うライブツアーは、当初「『同期曲』(同期音源を使った曲)を排除」した曲目を構想していた*2という。つまりシュガーソングとビターステップも当然弾かれるセットリストということになる。
前者はオーケストラサウンドを導入したシングル曲「春が来てぼくら」収録により100%3人の音だけにはならず、後者はCOVID-19の流行により方針転換を余儀なくされたが、アルバム8枚目にして自分たちのむき出しの実力だけで1アルバム、ひいてはライブツアーを形成しようとするのは相当な胆力が必要だろう。それでも外的要因がない状況でやろうと思えばおそらくどちらも実現し、成功していたのではないだろうかと思う。
こうした、極限まで突き詰めた技術の上に成り立つストイックな姿勢は当然、非常に潔くカッコいいものであった。
だがそれを22年近く続けたことによる必然的な反動として、3人全員がバンドの構成要素として唯一無二であると多くの人に認識され、誰か一人でも欠けてしまうことの想像ができなくなってしまったのだと言える。
活動方針面
もうひとつ、こちらの要因が特に大きいと思うのだが、ユニゾンが自分たちの活動方針を常に言葉にしていたということである。
これがユニゾンの活動に物語性を生み、楽曲・ライブに限らず在り方そのものを魅力的にしたが、数多くの方がユニゾンの物語に没頭した結果、「物語の終わり」のような状況に瀕し、想像以上のダメージを食らってしまったのだと考えられる。
UNISON SQUARE GARDENはバンドの活動について、公式のメンバーブログで非常に詳細な発信を行っていた。
ユニゾンは新曲・CD発売やライブツアー発表といった基本的な告知や宣伝の内容が、一般的なそれと比較してさらに踏み込んだところにあった。
CDを出せば楽曲へのこだわりにとどまらず、「なぜCD発売とサブスクリプションサービスでの配信がこのような関係性になっているか」「なぜ初回限定盤特典の内容がこうなっていてどんな意義があるのか」といった周辺情報に至るまで、バンドの方針に照らしてどのように意思決定が行われたかを、主にバンドの司令塔である田淵智也が詳細に解説していた。
2022年4月に発売されたTVアニメ「TIGER & BUNNY2」OP「kaleido proud fiesta」発売直前のブログなどは顕著であり、バンドがずっとこだわっていた「CDを売る」「CDを買った人がいい体験をする」こととサブスクやアニメタイアップであることとの落としどころについて語られている。
この曲はCDリリース日と定額ストリーミングサービス・すなわちサブスクリリース日が同じになる。
「そんなもん当たり前だろ」という人が多いと思うが、実は我々には配信販売期も含めて結構な歴史があり、要は「CDを買ってもらえるとやはり嬉しい」という事実に対してどういう形で発信していきましょうかというのをかなり紆余曲折トライしてきたのだ。
(中略)
CDの存在意義みたいなのに関しては世の中的にも自分的にもだいぶ変わってきた思っているが、今読み返しても気持ち自体ははあんまり変わってない。
音楽家として正しく届けるべきだという「純粋さ」を大切にする、ビジネス上の理屈として諦めてはいけない「使命」にこだわる、ユーザーにとっての「便利」をきちんと考える、あとランキングはマジでどうでもいい「マジでどうでもいい」。
出典:BLOG | UNISON SQUARE GARDEN - official web site 「小生田淵がよく喋る2022年3月」https://unison-s-g.com/blog/?category=tabuchi
詳細は全文読んでほしいが、「自分たちはこういう考えのもとこういう施策を行う」とファンに言葉を尽くす姿勢はバンドの「誠実さ」や「地に足のついた感じ」が伝わり、非常に好感が持てるものであった。
一方でこの発信にはもうひとつ目的があったように思われる。自分たちの歴史のアーカイブ化である。
それがユニゾンの活動に物語性を生んでいた。
ユニゾンは自分たちのことを常に「ロックバンド」と称していた。
メンバーブログや各種媒体のインタビュー等を読んでいけば、単に音楽ジャンルや演奏形態を示す言葉ではなく、自分たちの憧れや目指すべき在り方を定義する、特別な意味を持つ言葉であることが分かる。
その前提のもとブログ等にある活動方針や施策への言及・説明を読むことで、読み手には彼らの考えるカッコいい「ロックバンド」を成立させるための具体的方法の一例が伝わる。
客席に向けてノリ方を強要しない。そのためにコール&レスポンスなどもしない。
楽曲を重視しセットリストの構成と曲同士の繋ぎで成立するライブ体験を実現させる。そのためにMCも極力挟まない。
このような、自分たちが目指すバンドの美学とも言えるようなことは頻繁に語られていた。先述した「技術力/演奏力の高さ」もこうした特質を持つ「ロックバンド」のライブを実現させるために必要な方法のひとつだったと言える。
同時にこうした活動についての具体的な語りは、読み手の中に「彼らが理想的な『ロックバンド』として快進撃していく」あるいは「彼らが自らの理想の『ロックバンド』に辿り着こうとする」というような物語的構図を成立させる効果を持っていた。
また、この構図の提示と物語化はある程度意識的に行われていた節がある。
田淵による公式サイトのメンバーブログは、バンドの集大成、結成20周年当日の2024年7月24日に行われた日本武道館公演を含む20周年施策のフィナーレ、2024年12月にユニゾンと縁のあるバンドたちを呼んで行われたライブ”fun time tribute”終了後の更新で止まっている。そこには次のように示されている。
ロックバンドのやり方はこのブログに全部書いてきたし、
伝えなきゃいけないことは7月24日に全部言ったから。
あとは好きにしてよ。
出典:BLOG | UNISON SQUARE GARDEN - official web site 「小生田淵がよく喋る2024年12月」https://unison-s-g.com/blog/?category=tabuchi
つまり一連のブログを読めば「ロックバンド」のやり方が分かるということになる。この記述からユニゾンは、20年間活動することを「ロックバンド」の完成形と定めた場合の「『ロックバンド』になる過程」「『ロックバンド』として結実するまでの過程」として、意識してバンドの方針や施策をアーカイブ化していたと思われる。
さらに自分たちの活動プロセスが確かなものであったという自負も読み取れる。先述したCD発売時の説明などを見れば、実際にうまくいったかはともかく、理に適った戦略のもと、確かな行動を積み重ねてきたということは明らかに伝わるだろう。
このように捉えると、リアルタイムで活動を追いかけることが非常にドラマチックになる。
結果としてユニゾンは楽曲・ライブパフォーマンスのクオリティにとどまらず、その在り方、信念においても多くの人を魅了することになった。当然私もその一人である。
だが同時にこうした物語化は、負の面も生んでしまったように思う。
ユニゾンが「ロックバンド」という概念を、凄まじく訴求力の高い物語として構成し提示したことにより、物語の「終わり」が持つ意味が大きくなってしまった。長期週刊連載の漫画が突如残り数話での完結を予告したときのように、物語に没頭した人ほど現体制終了(繰り返すが「解散」ではない)のショックが高まったのである。
さらにユニゾンにとっての「ロックバンド」という概念は彼らの信念でもあり、それを実現する具体的プロセスが示されるにつれて「生き方」や「人生論」のような性質を帯びるようになった。
そしてユニゾンに影響を受けた人ほどそれが内面化され、自分自身の生き方と不可分なものになっていった、という流れが想定できる。シュガーソングとビターステップの歌詞”生きてく理由をそこに映し出せ"とはよく言ったもので、生きてく理由をユニゾン自体に見出してしまったということになる。
結果、ユニゾンの活動がストップすることにより、自分のアイデンティティにまでダメージが及び、ついには自分自身の人生の進退、「生きるか死ぬか」というレベルにまで至ってしまう人が現れたのではないかと考えられる。
以上が、ユニゾンの活動休止の衝撃を巨大なものにした要因として、考えられるもの2つとその背景である。
繰り返すが、ここまで述べたことは全てユニゾンの強みでもある。これらがユニゾン独自の魅力を生み、多くの人を熱狂させてきたのだ。強みが大きい分落差も大きかったという話である。
奇想天外な楽曲を難なく弾きこなす技量と自信。クールで熱く何より楽しいパフォーマンス。
時に柔軟さを求められながらも一本筋の通った信念。それを伝えることを怠らない姿勢。
作品だけでなく自分たちを総体として捉え、「ロックバンド」という壮大な青写真を構想する力。
その実現のための綿密な思考と戦略性。確かな実力を土台にした具体的な行動。
それら全てによって、人の生き方まで揺さぶり、影響を与えるほどの存在感。
これだけ魅力的な点があってカッコよくない訳がないのである。そもそも、脱退・活動休止のショックが大きいということは、それだけ愛されていたことの紛れもない証左である。
そしてこれら要因の共通点は、バンドの在り方を突き詰めた結果生じたものであることと言える。
楽曲・演奏面における技術とライブへのストイックな追及。自らが理想とする「ロックバンド」を目指す物語の終わり。
これらを突き詰めた先の境地は、表現の「行き着いた先」と換言しうる。ユニゾンはそこに辿り着いた後、活動を止めることになったのだ。
以上を前提として、ようやく本質的な命題を考え始めることができる。
「行き着いた先に辿り着いた人はその後どうすればいいのか」である。
本稿では、今回ショックを受けた方の感情を否定するつもりは決してない(大体私自身がその感情を抱く一人である)。また、上記で挙げたユニゾンの強み・独自性の是非について批判することも目的としていない(それを客観的に行うには私はユニゾンに脳を灼かれすぎている)。
だが、このショックを受け、これからどうしていくのかは考える必要がある。
先に述べた要因のうち、特に後者の「物語化」については、結果的に一部の方のアイデンティティへのダメージや「生きるか死ぬか」といった考え方の一因に繋がった可能性がある。自分の大好きなバンド、ましてや”ロックバンドは、楽しい。”というロックバンド像を22年間近くに渡り提示してきたバンドの活動休止に起因して、こうした心理的危機に陥る方がいるというのは、あまりにも歯がゆい。
加えて、今回のユニゾンの件を通して、私も全く他人事ではなく、今は違くともいずれこの心理的危機に直面する可能性があるのではないかという危惧が生まれたのである。
そのためここからは、この問題をひとつの問いに集約し、考えをまとめることで、まずは私自身がこれから起こりうる危機に対処し、乗り越える一助にしたいと思う。あくまで私自身のためのテキストとなり、万人に一般化できるとは考えていないが、わずかでも他の方の助けになるようなことがあれば幸いである。
さて、命題について考えるにあたり、ユニゾンにとっての「行き着いた先」が何で、その後はどうだったのかを掘り下げる必要がある。
そのために、ユニゾンが提示してきた物語のクライマックスを、一度解体し俯瞰しなければならない。
そこから示唆されるのは、今回一部の方が感じたようなアイデンティティの危機や、「生きるか死ぬか」まで至らずとも「人生の進退」という問題に直面したのは、ユニゾンも全く同じだったのではないか、ということである。
UNISON SQUARE GARDENの「行き着いた先」と、さらにその先にあったものは何だったのか
UNISON SQUARE GARDENの提示した「『ロックバンド』になる過程」「『ロックバンド』として結実するまでの過程」という物語のゴールは、20年間活動することだったと述べた。
正確に言うと、2024年7月24日に行われた日本武道館公演”ROCK BAND is fun.”がユニゾンの想定していたゴールであり、「行き着いた先」にあたる。
実際はこの日以降も2024年末まで様々なライブや施策があったが、それらはオマケと捉えられており、ユニゾンにとってはあくまで結成20周年当日に武道館でライブをすることが「ロックバンド」を結実させるための主軸だった。
以前、この公演について、以下の記事を書いた。
btaim-polerground.hatenablog.com
この記事では、武道館公演の意味について、概ね以下のようなことを述べた。以降はこれらを前提に話を進めていく。
- UNISON SQUARE GARDENの20周年記念公演”ROCK BAND is fun.”はロックバンド人生の集大成であり、20年間やってきたことの結論が示されたライブであった。
- そのためにセットリストの構成を通し、普段から掲げる「楽しい」だけではなくバンド人生の中にあったはずの「楽しくない」ことにも、出来る限り余さず光を当てていた。
- その結果、観た者に「人生」を想起させるライブになった。
- MCで語られたUNISON SQUARE GARDEN20年間の結論は「世界は別に変わらなかった」「世界が変わらなかったのはつまらなかった」。だがファンがずっと見ていてくれたことにより「ロックバンドをあきらめなくてよかった」。
- このライブのキャッチコピーは「ロックバンドは、やっぱり楽しい」であり、その言葉に違わず、紆余曲折を経た上で、人生の総合評価としての”fun”=「楽しい」を提示するライブだった。
音楽、ライブに加え、メンバーブログ等の発信も含めてユニゾンが提示してきたロックバンドの在り方は、「楽しい」を掲げている通り、痛快でエキサイティングに映るものだった。
もちろん、必ずしも順風満帆ではなかったことも示唆されてはいた。2ndアルバム発売あたりの時期はなかなかうまくいかず、「闇期」と称されていることはファンの間でも有名である。
だが「オリオンをなぞる」発売以降は徐々に「闇期」を脱出、着実に好転し、活動10周年で一度目の武道館公演を実現させている。こうした実際の成果もあり、ユニゾンであればどんな困難も乗り越え、確かな「楽しい」を示し続けてくれる、と認識していた方が多かったように思う。
こうした背景のために、20年間の結論として「世界は別に変わらなかった」「つまらなかった」と明言されたことは、乗り越えられなかった困難とその悔恨が吐露されたかのようで、凄まじい衝撃だったのである。
そしてライブのハイライトのひとつが、終盤に演奏された、アンセムと言っても過言ではない「シャンデリア・ワルツ」である。
ハローグッバイ ハローグッバイ
行き着いた先に 何も無くても
息をする僕らは構わない 世界が始まる音がする
出典:UNISON SQUARE GARDEN シャンデリア・ワルツ 歌詞 - 歌ネット https://www.uta-net.com/song/141409/
youtu.be
“行き着いた先に 何も無くても”。
ユニゾンが構想してきた「ロックバンド」を結実させるための日に、20年間の活動で出した「楽しい」「楽しくない」両方を包括した答えを踏まえてこの曲が歌われたことには大きな意味を感じざるを得ない。
まさにこの日は「行き着いた先」に辿り着いた日だった。同時に「何も無くても」と歌われていたが、実際はそうではなく、ずっと自分たちを見てくれているたくさんの人たちがいた。ユニゾンが「ロックバンド」に至る物語は「世界を変える」といった当初の想定とは異なったものの、素晴らしい形で結実したのは間違いない。
では、「行き着いた先」のその先、具体的には21年目、2025年以降はどうだったのか。
先述したが本稿全体の目的は決して「何故ユニゾンが活動休止したか」を分析することではない。こうしたことのうち表に出せるものは限られると推察されるため、憶測で語るのは避けたい。何よりオフィシャルの発表とメンバー3人のコメントに書かれていないことを邪推したところで、事実が変わるわけではない。
ただ、発表されたものの中に、私にとって他人事とは思えないものがあった。そのひとつだけは取り上げておきたい。
休止発表時、鈴木貴雄から以下のコメントが出された。
嬉しくないお知らせだと思うので覚悟してから読んでネン pic.twitter.com/Z3gxOGP1TU
— 鈴木貴雄 (@SUZUK1TAKAO) 2026年4月27日
あくまで休止に至った要因のひとつなのだろうが、ここから読み取れるのは、バンドの主幹・田淵智也の20周年を終えたことによる「燃え尽き」=バーンアウトである。
この一点からは、おそらく20周年以降、「その先」のヴィジョンを長期にわたって描くことに限界が来てしまったことが示唆される。
2024年7月24日の武道館ライブMCにて、田淵は20年間の一側面を「つまらなかった」「楽しいことばっかじゃないからさ」と振り返った。それは時に「ロックバンドをあきらめてもいい理由になった」とまで言ったのだ。
これら一連の言葉から、実はユニゾンはギリギリの状態でどうにか20周年を迎えたのではないか、という可能性に思い至ることができる。特にライブを生で、配信で、あるいは円盤で観た方ならこのMCの重みがよく分かるはずだ。
それに加え、このライブまでのユニゾンの活動を改めて振り返ると「楽しいことばっかじゃない」という言葉を裏付けるようなことが実はいくつもあったように思われる。いちファンのごく限定的視点から見える範囲の活動だけでも、である。
20周年以前においても、先に触れた2ndアルバム発売ごろの「闇期」や斎藤宏介のポリープ摘出手術といった、既に「乗り越えた危機」として認識され歴史の1ページに刻まれたものだけではなく、COVID-19の世界的流行によるライブ活動停止期間、これに伴う8thアルバム「Patrick Vegee」発売延期を始めとした活動プランの狂い、鈴木貴雄がバンドの公式グッズプロデュース担当から外れるなど、ファンが認識できる範囲でも様々な出来事があった。
ユニゾンはこうした困難に直面する度、別のアプローチでどう楽しむかを模索する姿勢があり、それを意識的、具体的に示し続けてきたからこそ、我々は安心して音楽やライブ、それらに付随する各種施策を楽しむことができていた面がある。
だが先述した武道館でのMCを踏まえると、無理してこのポーズをとっていた可能性もあるのではないかと思わされる。
その姿勢を公に示さなくなった、正確には20年間の活動が結実したことで示す必要がなくなった結果、2025年から公式サイトのメンバーブログ更新が止まった。
これ以降起こった出来事としては、公式ファンクラブ「UNICITY」発足10周年記念ライブが従来のライブの枠組みを大きく逸脱し賛否両論であったこと(私個人は、このライブはファンクラブコンテンツの延長線上にあるもので「ファン感謝祭」の側面が大きいと捉えており、20周年を終えた今ならこれくらいやっても許容範囲だろうと考えていたので非常に楽しめたのだが、そうではなく「ロックバンドのライブ」を求めていた方にとっては望んだものでなかった、というのは否定できない)、その直後に開催されたユニゾンと縁が深いバンドとの対バンツアー「fun time HOLIDAY9」の初日4日前に、もうひとつの、若手中心の対バンツアー「fun time ACCIDENT4」の開催が性急とも言えるタイミングで発表されたこと、何より、現状最後のツアーとなってしまった2025年12月~2026年2月にかけてのホールワンマンツアー開催が7月末に発表されたにも関わらず、ツアータイトル発表まで実に約3カ月を要したこと、などである。
ホールワンマンに関してはアニメ「うるわしの宵の月」タイアップによる情報解禁との兼ね合いの問題も考えられ、仕方なかった可能性もある。だが総じて2025年以降の活動は、ひとつひとつは非常に楽しいものであったが、2024年までと異なり全体の流れや意図がぼやけてしまっていた印象を受けた。
新曲やライブなど情報解禁のタイミングや仕掛けに幾度となく驚かされ、その意図が何かできる限り詳細に説明する姿勢に感銘を受けてきたこともあって、少なくとも私にとって、上記に挙げた出来事の例は驚きより困惑の方が大きいものであった。
注意してほしいのは、上記に挙げた「出来事」の例が、活動休止と直接因果関係があるとは言い切れないということである。
ここから明確に言えるのは、あくまでも、「行き着いた先」に辿り着いた20周年以降は活動が(従来と比べ)膠着していたこと、活動を続ける方策にブレがあったことまでである。
私が言いたいのは、そんな膠着とブレの大きな要因は、ユニゾンが人生の集大成のその先にどうしていくかという方針を見つけられず、ストーリーと行動の形で自分たちを定義できなかったからではないかということである。
これまでのユニゾンは「『ロックバンド』として結実するまでの過程」というストーリーラインが方針の軸としてあり、実際の活動がそこに合致するように見えていたが、「ロックバンド」として結実してしまった2025年以降、それに代わる新たなストーリーを描けなくなった、あるいは描く必要性が薄れてしまったことからその軸が見えにくくなり、活動との不整合が生じていったのではないか。
幾度となく挫けそうになりながらどうにか人生の大舞台を迎え、観た者に人生そのものを刻み付けるような表現をやり尽くして、その次に何をすべきか分からなくなるというのは、やはり「燃え尽き」=バーンアウトと言えるだろう。
以上のように見ると、長きにわたり続いたバンド活動の進退というのは、そのまま「人生の進退」という問題にも繋がりうることが分かる。特にユニゾンの場合は人生の集大成を明確に定めてしまっていたので余計である。
そして、一番問題なのは、ユニゾンが音楽とともに「生き方」や「人生論」に通ずる概念をも物語のように劇的に示し続けたために、ユニゾンに精神的な影響を受けてきたリスナーである私たちの一部までも、今回の活動休止により「人生の進退」を突き付けられる形になった。いわば我々も間接的に「行き着いた先」に辿り着いてしまった、ということである。
ユニゾンが好きで、その物語に没頭した結果、ユニゾンの「楽しさ」だけではなくいつの間にかバーンアウトまでもが自分事になってしまった、ということなのだと思う。
では、行き着いた先に辿り着いた人はその後どうすればいいのか。
つまり、これからどうやって生きていけばいいのか。
今回の活動休止を、「ロックバンド」の「死」のように捉える人もいた。
気持ちは分かるが、これは全く違うと考えている。先述した「ストーリーを描けなくなった」というのは、描こうとはしていた、つまり活動を続けるつもりで模索していたがうまくいかなかったということである。そうでなければ2024年が終了した時点で終わる可能性だってあったはずだ。にもかかわらずそこから1年と7か月弱の間、方針の乱れと行動の迷いが見られながらも活動は続いていたのである。
つまりこれはまだまだ生きようとしたから起こった問題である。人生の集大成を終えてなお、生きていたからこそ行き止まりに直面し、生きたままこの先どうするか考えた結果、活動休止という一応の「存続」に至ったのだ。
これは「死」の問題ではない。冒頭に挙げたような、死によって突然「行き着いた先」のその先が絶たれることとは性質が全く異なる。
「ロックバンド」の精神に対する比喩としてなら、休止を期にその精神を示せなくなる状態を「死」と捉えうる可能性もあるが、あくまでも比喩に過ぎない。そうであったとして物理的に生きているのなら人生は続いていくのだ。これからの人生の進退という問題をパスできるわけではない。
故に、ユニゾンを通して今跳ね返ってきている「人生の進退」に直面するには、ここまでのユニゾンの顛末を、生きているからこそ起こる問題として捉え、それを踏まえて「どうやって生きていくか」という方に考える必要があると思われる。
ユニゾンの3人がどう生きていくのかはそれぞれの個人活動を通して見ていくしかないだろう。後述するが、3人とも今後の活動予定は決まっている。
では私たちは?
私は?
本稿を通して私から万人に対し「こう生きるべきだ」とは口が裂けても言えない。本来明確な答えを定められる問題ではないし、それ以前に私たちひとりひとりにそれぞれの人生がある。
なので、この先に述べていくことは、あくまで私が現時点で考えついた、私個人のための、これからどう生きていくかの指針に繋がるかもしれないヒントたちである。
それらに辿り着くきっかけを与えてくれたのは、皮肉にもやはりユニゾンであった。
行き着いた先に辿り着いた人はその後どうすればいいのか
休息をとる
1つ目は休息。大前提である。
7月15日のライブ終了をもってUNISON SQUARE GARDENが活動休止に入ったのと同時に、田淵智也個人も音楽活動休止を発表している。
継続して携わり続けている、林直大(ex.フィッシュライフ)による音楽プロジェクト・多次元制御機構よだかのサポートベース(サウンドプロデュースも)と、声優アイドルユニット・DIALOGUE+の総合プロデューサー(とそれに伴う詞曲提供)の役職は例外として続けるが、もうひとつの所属バンド・THE KEBABS(ケバブス)も休止の意向を示しているほか、それ以外の他アーティストへの新規楽曲提供やラジオ・各種メディアへの出演なども一旦全てストップになるようだ。
彼の目に見える活動を遡るだけでも、ただでさえ精力的にライブを行っていたユニゾンに加え、ケバブスや多次元制御機構よだかも含めるとライブしてない日がないのではないかという活動量であり、楽曲提供・プロデュースも考慮すれば音楽のことを考えてない時間がないのではないかと思わずにはいられなかった。
体力や精神のキャパシティに個人差があるのは当然だが、彼のこれまでの活動量を見れば今回を機に十分休息をとるのもまた自然であろう。この期間に英気を養い、できれば音楽への熱を失くさないまま、健康に過ごしてくれることを願うばかりだ。
そして休息が必要なのは、心身が疲労しているのなら、誰もが同じである。
我々は田淵智也ではない。故に我々の大半は彼ほどのフィジカルもメンタルも持っていない。
そんな私たちがもし「人生の進退」なんて大層なことを考えるのであれば、まずは心身を整えてからだ。
「『こう生きるべきだ』とは口が裂けても言えない」とは言ったが、この一点、休息の重要性だけは断言してもいいだろう。わざわざエビデンスを示す必要さえない。彼でさえ休むことを選んだのだ。
進むも退くも、その主体が健在でなければ選ぶことさえできない。
本稿を、活動休止からひと月経過したこのタイミングで出すことになったのは、私自身が休息と自分の中での整理に時間を要したからである。
私の中である程度の整理がついたから、こうして書いている。
したがってこの先は、「その後」を考えられるレベルまで元気を取り戻した方向けの内容となる。”まだちょっと前とか向けないよ” *3 という方は一旦ここでPCやスマホを切っていただきたい。
ユニゾンの物語を相対化する
2つ目は、これまでユニゾンが物語のように劇的に示してきた信念・哲学・方法論、もっと言ってしまえば思想を、絶対ではないものとして捉え直す、いわば相対化である。
自分の中にあるユニゾンの考え方を一旦自分自身から離し、他の考え方と比較することである。
具体的に言えば、他のバンド・アーティストの音楽に触れ、ライブに行くことが有効な方法になりうる。
一番手近なのはユニゾン3人の今後の個人活動であろう。斎藤宏介のもうひとつのバンドであるTenTwentyや、田淵が関わっている先述の多次元制御機構よだか・DIALOGUE+は、ユニゾン休止前から休止後の現在に至るまで精力的に活動しているが、いずれもユニゾンとは異なるスタンスと魅力を持っている。なお鈴木貴雄はドラマー(ステージに立つプレイヤー・パフォーマー)としての今後の活動を「未定」としているが、それは将来に期待したい。
またユニゾンがこれまで対バンしてきたバンドに改めて触れるというのも手である。ライブ情報を少し遡り、ユニゾンが対バンに呼んだり呼ばれたりした頻度を確認すれば、どのバンドと仲が良いかというのはある程度分かる。親交があり何度も共演しているというのは少なからずユニゾンと共鳴する部分があるバンドの可能性が高いので、ユニゾンと異なる音楽であっても楽しめるかもしれない。
こういう対処法は、しばしば「依存先を増やす」と呼ばれる。
もちろんその役割もある。しかしここで主眼に置きたいのは「相対化」である。必ずしも特定の音楽に寄りかかることを意味しない。
当然の話だが、ユニゾン以外のどのバンドもそれぞれに信念・哲学・方法論を持っている。そのために具体的な行動を積み重ねた結果が楽曲・ライブを含め、総体としての音楽活動としてこちらの目に映るもののはずである。
そんな他のバンドやアーティストの在り方を、自分の中のユニゾン像と比較すること。結果「どちらが好きか」と感じることはあるだろうが、「どちらが優れているか」を安易にジャッジするのではなく、まずはその差異を興味深いものとして捉えることが大事なのだと考えている。
そもそもユニゾン自身が、対バンを通して他のバンドを観ることの重要性を訴えていた。
音楽フェスだけではなく、しっかりとした体験を以って他のバンドに触れることの大切さである。最新にして公式サイト上では最後となったメンバーブログの中でも言及がある。2024年12月、SHISHAMO、フレデリック、go! go! vanillas、光村龍哉(ZION/ex. NICO Touches the Walls)を呼んだ”fun time tribute”について次のように記載されている。
次は彼らのライブに行こう。僕も、これを読んでる君も。
だってロックバンドだから。ライブ行かなきゃわかんないこともあるんだよ。
そんなこともずっと言い続けて走り続けた20年だった気がする。やっぱり音楽聞いてほしいし、発見してほしいし、何よりライブに行って欲しいよ。
月1000円払えば、無限に音楽を聴けて、大型イベントに行けば、たくさんのバンドを手軽に知ることができる。
けど、そこで終わられるのはもったいないというか、困る。
ライブホールでライブハウスで体感しなければ分からない。そういう風にできてるんだよ。ロックバンドって。
効率は良くないかもしれないよ。お金かかるし。
ただ体感してもらうことで、人一人の人生は簡単に変わっちゃうんだよ、良い方に。
出典:BLOG | UNISON SQUARE GARDEN - official web site 「小生田淵がよく喋る2024年12月」 https://unison-s-g.com/blog/?category=tabuchi
ユニゾンに限らず他のバンドでも、「ロックバンド」はライブで体感をすることが重要だと書かれている。
つまりは音楽それ自体を知るだけでなくバンドの全体を体験すること。これはそのバンドの信念・哲学・方法論も含めてであろう。まさにそれらを克明に示してきたユニゾンが言うだけのことはある。ユニゾン以外のバンドの、多様な在り方も込みで、色々なバンドに触れる大切さを訴えていたのではないかと思う。
また田淵智也個人も、リスナーに、ユニゾンの考え方だけに囚われないことを望んでいた節がある。
唐突だが、田淵智也のX公式アカウントは2代目である。XがTwitterという名称であった時に初代アカウントが存在しており、当時は告知にとどまらず自身の考えを広く発信するものだった。
公式サイトのメンバーブログにあるようなバンドの方針や考え方を始め、ライブ終了後に披露した新曲のタイトルを発表したり、「都民は選挙行け」と促したり。果てはカレーやひじきの煮物を作った報告など、パーソナルな話も多かった。
既に旧アカウントは削除されており出典の明記はできないのだが、当時の投稿の中に今でも忘れられないものがある。ファンと馴れ合わないユニゾンとしては珍しい、Twitter上でフォロワー(=リスナー、ファン)から寄せられた質問に田淵が回答していくという企画の中でリスナー全体に向けられた言葉だったと記憶している。
“いいかい、俺なんてのはフェイクだ。”
もちろん私は全くそうとは思わない。仮に当時はそうであっても、現在においては、活動を通してフェイクを本物に変えたのがユニゾンだと思っている。
ただこの言葉からは、田淵自身ひいてはユニゾンの考え方、思想、方法論が決して絶対ではないという内省が示唆される。要は「鵜呑みにするなよ」と言っているように聞こえるのだ。
ひとつの考え方を鵜呑みにしないためには、他の考え方に触れ、並べて比較検討する必要がある。そしてそれを音楽、バンドを通して実践するのであれば、フェスの尺で体験できる情報量では不足しているのだと考えられる。
これを機に、ユニゾンとの親交の有無にかかわらず、他の音楽にもしっかり触れてみるのは有効な手のひとつだと思う。
これまでのユニゾンの考えを否定するわけではない。客席を煽らない、MCも極力しない、曲と演奏と構成だけで熱狂させる等々、ユニゾンの提示してきた考え方を基準にして他の音楽に触れるということである。
ユニゾン自体独特な存在であるため、どこがユニゾンと合致していて、どこが反しているか、どこに信念を置いているか、何故そうしているか、といった観点をもって音楽を体験することは、必然的にユニークな深い洞察に繋がり、知らない音楽であってもその体験全体が楽しくなるはずだ。
そしてその結果形成された自分独自の考えが、ユニゾンと異なるものになる可能性も、もちろんある。
私も実践しようとしている最中である。
例を挙げると、特に象徴的なバンドのひとつにa flood of circleがいる。
youtu.be
ユニゾンと古くから親交がある盟友。幾度となく対バンもしており、互いに「ロック」「ロックバンド」をただの音楽ジャンルを超えた概念として捉え重視している。一方、曲を聴けば分かるように、歌も演奏もユニゾンとは志向が異なっている。
ここ最近において最も顕著な違いとして映ったのは「20周年」「日本武道館」に対するアプローチの違いである。a flood of circleはユニゾンから2年弱遅れた今年、結成20周年記念公演として日本武道館でのワンマンを開催した。
この点はユニゾンと全く同じである。だが、ユニゾンが結成20周年当日に日本武道館で人生全てを結実させる作り込まれた集大成のライブを実現したのに対し、a flood of circleの場合は「聖地」とも呼ばれる日本武道館において、あえて作り込まず極めてラフで型破りとしか言いようがないライブを繰り広げたようだ(Vo./Gt.佐々木亮介は当日客がまだ物販に並んでいる最中に客を掻き分けて会場入りし、本番10分前に客席を通ってステージに上がりそのまま平気でサウンドチェックを始めたという。本番直前のリハーサルは当然ない)。挙句の果てに公演の最後に、自分たちの古巣であるキャパシティ250のライブハウス・下北沢SHELTERにて「明日」ライブを行う告知をし、翌日夜その通りに敢行したという。どうやら活動初期から武道館ではなく「日本武道館の翌日に下北沢SHELTERでライブをする」ことが夢だったようだ。
両バンドとも「20周年」「日本武道館」に対する並々ならぬ想いがあったであろうことは言うまでもないが、その想いの示し方、特に自分たちの信念の根幹と思われる部分をどう表現したかが全く異なっている。
ではこのバンドがユニゾンと仲がいいのは何故か?日本武道館を終えたユニゾンが現状最後のワンマンツアーの間ずっと、レコード会社が同じでもないのに、会場物販にポスターまで掲げてa flood of circle日本武道館公演の宣伝をしていたほどシンパシーを感じているのは何故か?
そうしたことを今は考えている。恥ずかしながら私はまだワンマンライブの尺では観たことがなく、残念ながら日本武道館も翌日の下北沢SHELTERも参加が叶わなかったため、次のツアーである20周年記念ベストアルバムレコ発、来年1月の豊洲PIT公演のチケットを確保した。実際に観て何を感じられるのかとても楽しみにしている。
afloodofcircle.com
「行き着いた先」の「その先」を探す過程を目的化する
3つ目は発想の転換である。「行き着いた先」の「その先」を見出せないのであれば、それを探すこと自体を目的にしてしまおうということだ。
そうして探す過程で行ったことが、思いもよらないものを生み出し、そこに人がついていくことはままある。それが「その先」に接続され、これからの人生を続けるための糧になることは十分考えられる。
ユニゾン3人のユニゾン外の活動、つまり斎藤のTenTwentyやスペースシャワーTVの冠番組「斎遊記」、田淵のTHE KEBABSや楽曲提供・プロデューサー活動、鈴木のゲーム実況者・YouTuberとしての活動もこれに類するものと思う(だからこそ休止後も各々活動予定が決まっている)が、私が特にこの考え方の重要性を実感したのは2025年以降のユニゾンの活動を通してである。
2025年以降は活動方針がぼやけてしまっていたように思えると書いたが、これは色々と今後の可能性を模索していたことの裏返しと捉えることもできる。そしてこの時行った取り組みが必ずしも全て良くなかったわけではなく、前向きな可能性を感じられることも確かにあった。
現状最後となったホールワンマンツアー、「うるわしの前の晩」内の演出もそのひとつと思われる。
ライブ中盤、11曲目「夜が揺れている」を、田淵による不穏なベースソロから始めたのだ。
natalie.mu
ユニゾンのライブにおいて、楽曲やセッションの中で田淵がベースソロを披露することは頻繁にあった。だがライブ限定のアレンジとしてソロから始めること、ましてユニゾンのパブリックイメージとは異なるような、暗く、深く、重厚なリバーブの音を鳴らすソロは、私が記憶している限りなかったはずだ。
よく演奏技術の高さを評価されるユニゾンにおいて、田淵は自身のベースの腕前について語るとき謙遜することが多かったように思う(もちろん彼はそんな必要ないほどの技術を有している)。そんな彼がベースソロからセッションと演奏を始めたというのには大きな意味を感じずにいられなかった。
ここで演奏されたのがライブでは珍しく、かつての「闇期」にあたる2ndアルバム収録曲にしてユニゾンの中でも屈指の悲しさを誇る曲であったことの意味は想像するしかないが、とにかく私がこれを観たとき率直に思ったのは、「21年以上やってきてまだこんな引き出しがあるのか」というポジティブな驚きだった。こういうやり方があるのなら、少なくともライブの作り方、表現の仕方においてはまだまだ拡張の余地があり、当分行き詰まることはないだろうと。
それだけに、今後思いもよらぬ方向に拡張する可能性もあったユニゾンのライブを観られなくなるというのは、残念と言う他ない。
ただ、こうしたアプローチを自分自身の人生に置き換えると、「これまで積み重ねてきたことの中でまだやったことがないことを試す」と換言でき、これから重要になってくることなのではないかと思っている。
これについてもうひとつ、ユニゾンの個人活動の中からも例を挙げるなら、やはり田淵智也のソロカバーアルバム「田淵智也」発売と、トークイベント「田淵智也」の開催、アルバム購入者特典のサイン会とお渡し会は外せないだろう。
流れとしてはまず「生誕40周年記念」と銘打って、田淵と親交のある友人、音楽関係者たちと田淵が1対1で語り合うトークイベントが発表され、その第1回終了後にソロカバーアルバム制作が突然発表された。ケバブスではボーカルに加わることもあったが、ユニゾンでは当然そんなことはなくベースとコーラスに専念していた田淵が、一人で、自分の歌声で歌った作品である。
ベースについて訊かれて謙遜し、折に触れてユニゾンにおける斎藤宏介の歌声の重要性を語り、パフォーマーとしての自身は若干引いたスタンスであった(ただしライブ中は大暴れすることで有名である)ことを踏まえると、これまでは全く考えられなかった行動である。
アルバム購入者向けのサイン会と、翌2026年4月の、抽選に外れた人向けのサイン入りジャケットお渡し会はさらに顕著である。ユニゾンの「コール&レスポンスをしない」「客にノリ方を強要しない」という考え方はまとめて「客と過度な馴れ合いをしない」と表現されることが多かった。ファンを大事に思っているものの、あくまでも自分たちとオーディエンス=ファンはステージと客席を隔てた他人同士であるというスタンスである。
そんなスタンスの中心人物であった田淵智也が直接ファンと会いサインを渡す。これは異常事態と言ってもよかった。私は抗えず応募したものの、一方で「そこまでやっちゃっていいのかよ」とも思った。いくら田淵が40歳を迎えたお祝いとはいえ、ユニゾンが20周年を終えこれまでに囚われず色々模索していたかもしれないとはいえ、これまで確固たる信念として提示されていたものとはかなり反していたからである。
だが蓋を開ければトークイベント・サイン会・お渡し会いずれもとてつもない倍率であり大盛況だった。つまりカバーアルバムもそれだけ売れたということである。
サイン会では田淵と言葉を交わす時間があり、ユニゾンのこだわりを熟知しているはずの往年のファンの方々による感極まったレポートが数多く流れてきた。私も、お渡し会の方に参加したのだが、数秒程度の限られた時間の中でも目を見てジャケットを手渡し、笑顔で応えてくれた姿には本当に胸が熱くなった。

そして田淵はトークイベントを、「自分の「身の丈」を決定づける」「自分の限界を改めてしっかり受け止める」イベントであったと総括した。その上でこれからの人生を「身の丈」の範囲内で精一杯好き勝手やっていくと示した。
これらのファンに会う施策がユニゾンのこれまでと反していたと書いたが、自ら矢面に立ち、ファンや仲間たちと直面することで、自分自身の限界と向き合いこれからの人生を考える、という側面では、彼の中で矛盾はなかったのかもしれない。
そしてその模索自体が私たちを喜ばせ、万感の思いにさせたのであり、私たちにとっても確かに何かの糧になったのである。
田淵が上記の投稿内で総括した内容が全てとは思うが、ここから得られる洞察を自分なりに言葉にするのであれば、「これまで積み重ねてきたことの中でまだやったことがないことを試す」こと、中でも他者や外界全体に身を晒すことが、そのまま自分自身を知ることに繋がる、ということになる。それは長期的ではないかもしれないが、一定期間を生きる目的たりうる重要なテーマであり、終わった後も、今後どうしていくか決める重要な指針になるだろう。
誰もが田淵と同じ結論に至るはずがない。私自身、彼はこう言うけど、できるか否かはともかくやはりまず一度自分自身の枠組みを取り払うことが大切なのではないかと現時点では考えている。
先述した「相対化」とはそういうことでもある。自分の価値観やアイデンティティがある単一の考え方と不可分になってしまうと、その考えが崩れたら自分も共倒れしてしまう危険性があるというのが、今回の活動休止で改めて顕在化した問題である。それを避けるために自分の中の考え方から一度離れ、自分の外にある考え方に触れることが大事だ、というのが「相対化」であり、とどのつまり自分の「身の丈」から離れたところに手を伸ばすことを意味する。
ただ「身の丈」云々を基準にして人生の方向性を決めるのは、まず今できることを試して、自分の限界を見極めた後なのだろう。自分の範疇の内外問わず試すことの大切さは胸に刻んでおきたいと思う。
「行き着いた先」に何もない可能性を直視し、その上で「ある」ことにする
4つ目、最後のひとつである。これが一番厳しく、私自身できているとは到底言えない。
しかし、こういうやり方ならできる可能性がある、いや、結局こういうやり方でやっていくしかないのではないか、という方法には、思い当たるものがある。繰り返しになるがここまで読んでくださっている方に無理強いするものでは決してない。私自身の「こういう風にできるようになりたい」という願いのもと、以下に書いていく。
ここまで書いてきたことは「行き着いた先」の「その先」を生きていくうえでのヒントに過ぎず、「その先」を保証するものでは決してない。
身体は休まっても心の空白は消えない。あれこれ手を伸ばしてもユニゾン以外に興味深いと思える音楽と考え方を持つ存在が見当たらない、あるいはユニゾンとの違いに興味を持てない。色々なことを試しても「その先」に繋がる何かが見つからない、あるいは試す手段の見当さえつかない。
こうした限界はどうしても存在しうる。私自身も活動休止前最後のライブからひと月経った現在、ある程度は現状を受け止められたとは思っているが、やはり上記のような考えが常に頭のどこかに存在し、今も時折よぎっている。
認めたくはないが、「その先」を考える限り、つまり生きている限りは結局この限界から逃れられないのだと思う。
となると、やはり自分の中で、どこかで折り合いをつけなければならないのかもしれない。「行き着いた先」に何もない可能性があることを、である。
人間の行う表現には、これ以上ないほどのギリギリの極限まで突き詰めた結果たどり着ける領域が存在し、それは「行き着いた先」と表現しうる。
その次元に達した表現に触れることは折り合いをつけるための助けにはなるかもしれない。
「行き着いた先」の例として冒頭で挙げたのは小説だった。UNISON SQUARE GARDENにおいては結成20周年当日の日本武道館公演”ROCK BAND is fun.”がそれにあたるという話をしてきた。
実はユニゾンには、ライブではなく楽曲単体でもこの「行き着いた先」に比肩しうる曲がいくつか存在する。
先述の通り歌詞に「行き着いた先」とあるのは「シャンデリア・ワルツ」だが、実はこの曲が示しているのは「いつか『行き着いた先』に到達したときどう思うか」ということであり、「『行き着いた先』そのものが一体どういうものなのか」ではないと思われる。
楽曲全体を通して「行き着いた先」の在り様を想起させるユニゾンの曲は何か。議論が巻き起こってしまうかと思うが、歌詞だけに着目すれば、明確にこれを描いていると思われる曲がひとつ存在する。
20周年記念ベストアルバムのために書き下ろされた楽曲、「アナザーワールドエンド」である。
気づくのは今日じゃなくて明日じゃなくて 来年再来年でもなくて
もっと先かも歳とって立てなくなって 君の声も忘れちゃって
世界に溢れる音楽が全部つまらなくなって
誰も争いを止めることができなくなって
名も知らない砂浜に1人座り込んで
波の音がこの瞬間に結びついた時かもしれない
出典:UNISON SQUARE GARDEN アナザーワールドエンド 歌詞 - 歌ネット https://www.uta-net.com/song/357649/
自分たちのバンドキャリアとしての「行き着いた先」を超えて、人類そのものの「行き着いた先」までも見据える凄まじい歌詞であり、人間の可能性の限界とそこに対する諦観さえ感じられる。
20年の節目に出た新曲にこの歌詞が含まれていた意味はできれば深く考えたくはないが、こうした点から私の頭の中に「ユニゾンの終わり」が可能性のひとつとして生まれ、いつか来るべき時に備えた方がいいのかもしれないと思わされたのは確かだ。
音楽・小説等媒体問わずこうした表現は、人間の可能性の限界がどういうものなのかを知る手掛かりにもなりうる。知ることは得体の知れない恐怖を緩和する。「行き着いた先」が仮に「無」であったとして、その「無」を避けられなかったとしても、相対する心構えはできるのではないだろうか。
そして話はここで終わらない。アナザーワールドエンドの歌詞は次のように続く。
それでも僕ら
それでも。
私はこの先に続く言葉として、「無」に相対する手段として、「行き着いた先」の「その先」がなくても「ある」ことにする、というやり方ができないかと考えている。
4月27日にユニゾンが鈴木の脱退とバンド活動休止を発表して以降、誰もが悲しみに暮れていたが、その中でもどうにか折り合いをつけ、自分自身の生活やすべきことをしようとする人もたくさん存在した。
中でもユニゾンについて日常的にSNSで語っていた方々が、内心はそうでないにせよ外から見る分にはいつも通り、ユニゾンの好きな曲、好きな歌詞、特定楽曲に対する(ある意味歪んだ)愛情、永久にセットリストに入らない曲に対する嘆き、極めつけは存在しないライブの存在しないセットリストの妄想、といったことを語っていたのには本当に勇気をもらった。
これは、自分の人生の「その先」が不透明であっても、何かが「ある」と信じるからこそできる営みではないかと思う。
私自身もそうしようと思ったができていたかは怪しい。だが、その末席に加われたことは誇りである。
btaim-polerground.hatenablog.com
ユニゾンがなくなったわけではないが、不在となり、音楽活動とそれを通して示される概念の更新が止まったのが、今である。
だがユニゾン不在でもユニゾンの話はできる。
ならば「行き着いた先」の「その先」が「無」でも、「その先」の話はできるはずだ。
存在しないライブの存在しないセットリストの妄想ができるのであれば、存在しない「その先」に存在しないはずの道筋を想像することだってできるはずだ。
それを確かなものにするために必要な手段が、何よりまず心身を整え生きることであり、ユニゾンを始め素晴らしいバンドが示してきた概念を足掛かりに独自の洞察と信念を身につけることであり、それを以って他者や外界に自分自身を晒してできることを試すことなのだと思う。
冒頭に挙げた「ハーモニー」を初めて読んで以降、「人間の感情や思考は決して特別なものではない」という問題は、今なお折に触れて襲い掛かってきている。
初読から10年近く経った今、明確な科学的根拠は提示できないものの、実のところは「人間は感情や思考を特別なものと信じることで本当に特別なものとして機能させている」のではないかと、私は考えている。
それは奇しくも、ただの言葉である「ロック」「ロックバンド」に特別な意味があると信じ、そのための思考と行動を重ね、本当に意味のある概念に変えていく道筋と相似している。
行き着いた先に、何も無い。
大いに結構。
何も無いなら、「ある」ことにして勝手に先に進む。
”息をする僕らは構わない”と、信じて進んでみせる。
今、そう言い切り、実現できるようになりたいと、強く願っている。
そういう筆者はどうするつもりなのか
少しだけ私の話をさせていただくと、人生の根幹に位置するほど好きなバンドが活動休止したのは、今回が初めてではない。
生まれて初めて好きになったそのバンドは活動休止した後、解散を選択した。
活動休止後にボーカルが新たに結成したバンドもまた活動休止し、7年近く音沙汰がない。
その時の気持ちと、当時出した答えを文章にしたことがある。
rockinon.com
好きなアーティストが活動をやめたとき、私たちはどうすればいいのか。当時の答えは「感謝を言葉にし、その人たちが存在した事実を残すこと」だった。
あれから時が経ち、全てが変わり、人生に関わるほど大きな活動休止の二度目を体験した。あの時の答えは間違いではなかったが、今、もう一歩先の答えが必要になったと感じている。
本稿は、未だ完全版ではないが、その答えの更新版である。
最初に好きになったバンドは、活動休止時の経緯をこう説明していた。
「ですが、あるとき確信したことがあります。歪なものは、長く形を保てないということです。素晴らしいものが素晴らしいうちに終わりにしたくて、私はメンバーとスタッフに解散の相談をしましたが、ひとまず休止という形をとることになりました」
出典:School Food Punishment、内村友美脱退に伴い解散 - 音楽ナタリー
https://natalie.mu/music/news/70881
ここから、「歪なものが歪なまま続くのがバンドである」という考えが私の中に生まれていった。
やがて活動休止の穴を埋めるように、バンドを中心に色々な音楽を聴くようになり、次第に考えが固まっていった。その過程で出会い熱中したバンドのひとつがUNISON SQUARE GARDENである。
ユニゾンが結成から10年、20年と息の長い活動を重ねていったこと、それを観られたことは私にとっての希望として映った。歪なものは歪なままでも長く続けることができるという可能性を示してもらったように思えたからである。
今振り返ると、それが希望であると思えたのは、私の中にも歪なものが存在していたからに他ならない。
歪なものを抱えたまま、何かを表現し、懸命に生きようとしている人たちを見ることで、私の中の歪なものが肯定されたように思えたのである。
それが悪いこととは思えない。その考えがあったから音楽が趣味になり、思いもよらないような出来事を数多く経験でき、総じてここまでの人生はある程度楽しく豊かなものになっている。
だがやはり、特定の誰かを通してのみ歪なものを肯定するのには限界がある。誰かがいなくなったときに肯定の根拠ごとなくなってしまうからだ。なくなる度にまた別の根拠となる誰かを探すという方法も考えられるが、いたちごっこであり根本的な解決ではない。私自身今回の二回目で限界を感じており、いつまでも続けられるとも思えない。
あくまで私個人の話であり今後変化する可能性もあるが、今、「行き着いた先」の「その先」に「ある」ことにしたいのは、一言で言うと「歪なものが歪なまま続けられる世界」*4ということになる。
私に限らず誰もが自分の中の歪なものを損なわず生きられるようになったらいいなと思っている。
現時点ではただの夢物語であり、願いにすぎず、最終的に実現できるとも思っていない。だいいち問題設定も定義もゴールも具体性に欠けている。もしかしたら現実の社会課題などを通して考えたりボランティアなどを通して近いことができるのかもしれないが、現状具体的に何をやったらいいか全く考えついていない。
ただ、実現できるか否かは別として、「その先」にあるものとして、これからの生きがいとして存在を仮定しておく分には十分アリなのではないかと考えている。
そのためにはきっとまず自分からだ。
「世界は変わらなかった」という結論にはなってしまったものの、ユニゾンが言ってきた「世界を変える」という大言壮語に説得力があったのは彼ら自身に積み重ねがあったからである。
世界の有り様を論じたいなら、まずその前に自分自身をどうにかする方法から試すのが筋なのだと思う。
つまり、自分の中にある歪なものを、自分だけで肯定できるようになること。
言い換えれば──もう散々あらゆる人の間で言い尽くされた言葉であり、面白みには欠けているし、自分自身100%信じきれていない概念であり、正直こう表現したくはないのだが、要するに、
「自分を好きになる」
ということになる。
なってしまう。
これからも引き続き色々な音楽には触れ続けるし、ライブにも行くし、もちろんユニゾンも聴き続ける。辛く苦しいとき音楽に肯定を求めて寄りかかることも、おそらくやめられはしない。
だがその過程を経て、最終的に自分の足で立てるようになるための糧を、見つけられるようにしていきたい。
そして私自身が歪なものを肯定できるようになったとき、その延長線上の世界を本当に実在させるべく、具体的に手を動かせるような人間になっていたいと、今願っている。
おわりに:”Sentimental Period”とは何だったのか

2026年7月15日。
私が好きな音楽を作り続け、生き方においてもひとつの指標であったスリーピースロックバンドが、ドラムの脱退および現体制終了に伴う活動休止前最後のライブ、”Sentimental Period”を幕張メッセにて敢行した。
人生の集大成とは何なのかを私たちに示してくれた人たちが、今度は人生の一区切りとは何なのかを私たちに示した時間だった。
「活動休止前最後のライブ」という、誰が見ても重大な意味のあるライブだったが、その大きさに反して驚くほどあっという間の時間だった。
有名曲や定番曲を外さず、それ故、高密度の曲と演奏が矢継ぎ早に繰り出され、最後の最後までMCを挟まず、アンコールもなくスパッと終わらせる。最後のセクションとMCを除いては、ユニゾンが信念としてずっと掲げてきたいつも通りのライブのスタイルだったからだ。そんなライブだったため、名残惜しさのあまり終演のアナウンスが流れた後もずっと客席からの拍手が止まなかった。
終わった後に私の中に残ったのは、「終わるな、行かないでくれ、寂しくなるだろ」という私の嘆きと、それと裏腹ないつも通りのライブの満足感と、3人のこれまでの全てに対する溢れんばかりの感謝と、それら全てに匹敵する「これからどうしよう」という思いだった。
ライブについて語るべきことはたくさんある。が、このライブについて何らかの意図を考えるのはどうしてもピンと来ない。
1曲目、9thアルバム最後の曲「フレーズボトル・バイバイ」の直後に初の全国流通盤1曲目「アナザーワールド」が披露された一方、そのアンサーと言える「アナザーワールドエンド」はやらなかったこと。このライブのタイトルでありメジャー1stシングルである「センチメンタルピリオド」が最後に配置されず、直後にユニゾン屈指の荒唐無稽さを誇る「徹頭徹尾夜な夜なドライブ」が演奏されたこと。最後に演奏されたのが2024年7月24日日本武道館の1曲目であり、ロックバンドの「正しくなさ」を示した「Catch up, latency」であったこと。
どんな難曲の連続でも涼しい顔で歌いきる斎藤宏介が、この日の終盤は明らかに限界を超えていたこと。
「シャンデリア・ワルツ」をやらなかったこと。
ハイライトは数えきれないほどあったが、ここから明確な意図を読み取るのは非常に難しい。
特に1曲目の「フレーズボトル・バイバイ」がどうしても分からない。実際に聴いてみていただきたいが、この曲はアルバム最後としても区切りのライブの1曲目としても妙に楽天的かつ、「始まり」とも「終わり」とも捉えられない歌詞をしているからだ。
あえて言うなら、このライブはアンビバレントな、「どちらともとれる」ライブだった。
だからこそ、自分自身の前途に対する迷いまでも浮き彫りにされたのだと思う。
そしてこの日最後のセクション、鈴木貴雄による最後の大舞台を観て余計にそう思った。
「Catch up, latency」を終え、本当の最後に披露されたのは、約7分に及ぶ鈴木貴雄のドラムソロ。ユニゾンのライブ中盤~後半に欠かせなかった名物が最初で最後のトリを飾る形となった。
初めてユニゾンのライブを観たとき、ギターもベースもなく音階のないリズムの躍動だけでこれほど人が沸くという事実に圧倒されたことを思い出し、彼の存在がいかに偉大だったかを心の底から実感した7分間だった。
そのドラムの躍動はやがてバスドラム単体となり、心臓の拍動が次第に弱まるかの如く徐々に速度を落とし、心停止するかのように、止まった。
そして全ての演奏を終え、独りステージに残った鈴木が口を開いた。この日唯一にして、彼のUNISON SQUARE GARDENとして最後のMCは以下に残されている。
— 鈴木貴雄 (@SUZUK1TAKAO) 2026年7月15日
またね!
ライブを終えて私は、このたった3文字の言葉をどれだけ信じられるか問われているような気がした。
一度止まった心臓が再び動き出す可能性があることをどれだけ信じられるか。
例え「また」が存在しなかったとしても、である。
鈴木貴雄の今後の活動だが、先述の通りドラマーとしては未定である一方、新たに音楽事務所を立ち上げ、対バン企画、アーティスト育成とそのためのオーディション、さらにはドラムの動画レッスンサービスと、次々新たな施策を発表している。
youtu.be
彼が20周年日本武道館のMCでも語っていた、アーティストとオーディエンスそれぞれが持つ「熱」が相互に影響しあい互いの火を燃やし続けるという「循環」。これを彼独自の、より具体的な方法で実現しようとしているのだろう。
特に対バンについては、ユニゾンに居たままでも実現できなかったのか、と思わないと言ったら噓になる。だが今の鈴木貴雄は、まさに「行き着いた先」の無の中に、あるか分からない「熱と循環」のサイクルをあると信じて、歩き出したように見える。その在り方は心から尊敬できるものであり、偽りなくこれからも応援していきたいと思う。
彼がユニゾンの中で燃やしていた火種は、7月15日を機に、次へ託されたと見るのが妥当なのだろう。
そう、この「熱」の実在をどれだけ信じられるかも、きっと今問われている。
「またね」という言葉と「熱」。
「行き着いた先」の「その先」を構想するにあたり、この二つは提示されているに過ぎない。
信じるか否か、そしてどう信じるかさえ、自分に委ねられている。
今の私が選ぶのは、おそらく悪い意味で器用で、都合が良くて、アンビバレントな信じ方である。
そんなものは「ない」という可能性を直視したまま、「ある」ことを信じるやり方である。
完全に矛盾している。
その矛盾は「歪なもの」と呼べるかもしれない。
もしかしたらそんな在り方を貫けることは、「歪なものが歪なまま続けられる」こと、自分の中の歪なものを肯定できること、あるいは、本当はこう言いたくはないが、「自分を好きになる」こと足り得るのかもしれない。
まずはそこから試したい。
だからこそ。
その信じ方の第一歩として、「またね」も「熱」も信じながら、一旦、彼らに別れを告げる必要がある。
斎藤宏介さん。田淵智也さん。
鈴木貴雄さん。
3人のUNISON SQUARE GARDEN。
ありがとうございました。
あなた方の鳴らした音楽は、あなた方は、これからも愛すべき人生のロールモデルです。
もしどこかですれ違うことがあったら。”またいつか”があったら。
その時は楽しい時間を派手に見せてくださいね。
そんな時間が「ある」可能性だって、ちょっとぐらいは信じてもいいでしょう?

*2:出典:BLOG | UNISON SQUARE GARDEN - official web site 「小生田淵がよく喋る2021年10月」 https://unison-s-g.com/blog/?category=tabuchi
*3:出典:UNISON SQUARE GARDEN ぼくたちのしっぱい 歌詞 - 歌ネット https://www.uta-net.com/song/275518/
*4:本稿の趣旨から大きく外れるため本文には書きませんでしたが、これは必ずしも「平和」な世界を意味しないと考えています。個人と他者や社会との間に摩擦が絶対に発生しうるからです。そのあたりの折り合いのつけ方、落としどころも、個人にできる範囲で考えていきたいと思います。


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